
秋も深まる11月の下旬、久しぶりに埼玉県の秩父へ旅に出ました。
今回の旅の目的は登山ではなく、秩父に眠る秘密の懸造建築の調査のために足を運びました。
秩父には三十四ヶ所の札所が存在し、各寺院には巡礼者が多く見られると思います。しかし、そんな中、同じ観音様を祀る寺院でありながら三十四ヶ所に選ばれていなく、更に廃寺?っぽい寺院を偶然発見し、しかもれは懸造である事が分かりました。これは行くしかない!と瞬時に思い今回は謎の廃寺である「赤岩観音」という寺院を目指しました。
辛うじてグーグルマップに記されているものの、行き方まで詳しく書かれているサイトはありませんでした。しかし、ヤマップを確認すると赤岩観音までのルートは載っていませんでしたが、誰かが歩いた跡が残されていたので、今回はそれを頼りに調査へ向かう事になりました。
果たして三十四ヶ所に選ばれなかった謎の赤岩観音とはどのような寺院なのか?今もその姿を残されているのか?など、実際に目の当たりする事ができたので、歩いたルートと赤岩観音の全貌を紹介したいと思います。
女部田集落~赤岩観音までの道のり

秩父市市街から小鹿野へ向かい、その更に北部のところに女部田集落はあります。
今回訪れる赤岩観音は31番札所の観音院のある観音山のちょうど反対側に位置し、距離的には札所に近い場所になります。
集落周辺は見事に山で囲まれ、日本の古き良き原風景を感じられる集落になっています。

特に登山口や赤岩観音はこちらなどの標識は無く、ヤマップやグーグールマップを開きながら歩いて行かなければなりません。
地図によると一旦川を渡るそうなのですが…

どうやらここを下り川を渡るそうですが、道があるのか不安です。

下ると確かに川が流れています。この川を渡ったら登山道に入るみたいです。
橋はどこだ?と探すと…

ありました!川には橋が付けられていますね。恐らく地元の人が架けてくれたものだと思いますが、今でも赤岩観音に行く人はいるのでしょうか?
しかし、ここまで親切に取り付けられているとなると、やはり赤岩観音は今でも参拝されている?という事なのか…

川を渡ると一気に山道に差し掛かります。
意外にもこの辺りはしっかりとした登山道になっていて、歩きやすいです。

石垣でしょうか?人の手によって積み重なれた石垣があります。
こちらは何年前に積まれた石なのだろうか?

現場はまだまだ先のようですが、今のところは道迷いのないしっかりとした道が続いています。
しかし、何故か歩く度に不安な気持ちが高まってくるこの予感はなんなのか…
いつもの登山の感覚とは少し違う感じがします。


途中、赤岩観音と書かれた看板がありました。
しかしこの看板、かなり色褪せていて、近づかなければ文字が見えないレベルにまで劣化しています。この辺りからうす暗くなるので、気を引き締めて参りましょう。

所々石仏が安置され、登山者を誘導するようなそんな雰囲気がします。


暫く進むと、巨岩が目立つようになり、そのあたりから不明慮な道になってきます。
もちろんピンクのテープは存在しないので、自分で道を探さなければなりません。

そして、ここが最も恐ろしい箇所で、一見何の変哲もない木の橋ですが…

途中から途切れていて渡る事ができません!
ものの見事に橋が崩壊し、向こうに渡るにもかなり危険です。
写真では伝わりませんが、この場所もかなり高い場所で、万が一足を滑らしたら底へ転落するような崖でした。


ここまで来て引き返すのも…と思い暫くフリーズしていまい、どこか渡れそうな場所を探し、この橋の上の崖を這うように登りました。
橋の入口から少し上に登ると何とか向こうまで行けそうなルートを見つけたのでこちらを選択しました。

そしてたどり着き、そこには不気味な事に首無しの石仏が安置されていました。
これは一体…

振り返ると、崩壊した橋の上に微かに道になっている事が分かります。
やはり最近は橋ではなく上の崖を登るのが主流になっているみたいです。というかここまで来る人はいるのだろうか?

さて、地図を確認するとここまでくればあと少しですが、ここからがかなり困難な道になっているので注意が必要です。
看板も比較的新しい?になっています。

出だしから急斜面を登っていきます。
が、もはや踏み跡は無く、ほぼ勘で進まなければななない状態です。看板で案内している割に踏み跡はほぼゼロ…


GPSを頼りにどちらへ向かえばいいのかを見極めながら進む必要があります。
途中何度も引き返してはあっちか?こっちか?を繰り返しながら現場を探しています。

暫く進むと…奥の方に巨大な岩壁のようなものが見えます!?
あれが正解である事を祈りながら進んでいくと…

遂に赤岩観音の全貌が確認できました!
遠くから見ると確かに岩壁に吸い込まれるかのように建てられている様子が分かります。
しかし、見るからにボロボロで、今にも崩れそうな風貌ですねぇ。
果たしてあそこまで行けるのかどうかも分かりませんが、とりあえず進んでみましょう!

更に進むと、何やら細いトラロープが取り付けられています。比較的新しいものですが、最近取り付けられたのでしょうか?だとしたら今でも赤岩観音に参拝されている方がいる事になりますね。

トラロープを越えると、階段のようなものも確認できました。これは赤岩観音が建てられた頃のものでしょうか?かなり古い階段で、今でもしっかりと残されています。
赤岩観音の全貌

そして遂に赤岩観音に到着です。
ここまでたどり着けるかどうかも分からない状況でしたが、なんとか念願の廃寺である赤岩観音を目の前にする事ができました!
しかし赤岩観音はご覧の通り、今のも崩壊しそうなとても痛々しい姿で立ち続けています。

近づいて観察すると崩壊具合がよく分かります。
試しに柱を少し押してみると…
ギギギギギギーー!!!と堂全体から悲鳴が鳴り、一目散に離れました!
この赤岩観音、ひょっとしたら本当にもうすぐ崩壊するのではないか…と思い見学途中に崩れる可能性も十分に考えられるので、いつも以上慎重に見学する必要があると感じました。

さて、この赤岩観音ですが、寛保3年(1743)に建立された観音堂で、麓の女部田出身の竹三郎という青年が出家し、宝永7年に「大僧都日光法印」の名を授かりました。その後は地元の赤岩山の岩壁を彫って観音像を祀り堂を建て「日光庵」と名付ました。
この日光庵は場所的に観音山が近く観音山には札所31番の観音院があり、観音院から札所32番の法性寺に向かう巡拝のコース上に位置していたので、かつては巡礼者で賑わいを見せていたそうです。
しかし、宝暦3年(1753)法印の死と共に衰退し虚しくも廃寺になりました。
つまり、この日光庵、赤岩観音はたった10年しか歴史が無く、恐らく修繕もほとんどされないまま280年以上もこの地にある続けている事になります。
10年で廃寺となりましたが、暫くは巡礼のコースになっていたと思われるのでもう少し長く参拝されていたと想像できます。

改めて赤岩観音を眺めると、今にも崩壊しそうな姿ですが堂宇全体が岩窟にすっぽりと収まった形になっているのが分かります。


堂宇は柱のみで支えられ、岩にかけられる形になった、いわゆる懸造になっています。
懸造は伝説上では修験道の祖、役行者が断崖絶壁の岩の窪みに柱を立てて作り上げた建築物で、それはまさに山岳修行の為に築き上げられた風貌を成しています。
役行者によって初めて建てられたかどうかは分かりませんが、日本最古の懸造は鳥取県の三徳山三佛寺の奥院で、投入堂とも呼ばれているのは有名です。
この懸造はいつごろから始まったのかは定かでなく、山林修行が盛んだった奈良時代でもまだ見られなかったそうです。そして平安時代になり、修験道が本格的に組織化され、奈良時代から行われていた参籠による修行も岩窟に柱を立てた懸造を建てる事で自然と一体になり、更なる験力を高める行に励むために広がったそうです。
また大概の懸造は誰も足を踏み入れないひっそりとした山奥に建てられるのがほとんどで、まさに修行の為の建造物という事になり、見るからに圧倒される風貌が今を生きる私たちにも犇々と伝わってくると思います。


朽ち果て具合が酷いものの柱はしっかりと岩に立てられている事が分かります。

真正面から全体像の写真を撮る事は難しいです…
堂宇のすぐ正面が崖になっているので、意外に危ないです。


上部もボロボロで、今にも崩れそうな姿になっていますね…
木材も黒ずんでいて、火災に遭ったようなそんな痛々しい姿です。

この観音堂はどうやら左側から入る形になっているみたいです。
果たしたそれが正解かどうかは知りませんが、そのまま堂宇奥の岩窟に入る事ができます。


中に入ると床部も完全に崩壊しています。
壁も全て失い外の景色が丸見え状態になっています…

堂宇の隣にはこれは恐らく堂宇の残骸であろう柱や梁が散乱しています。しかし、こちらに集められているという事は誰かが定期的に訪れていたという事でしょうか?
しかし、廃寺以降の修繕は恐らく一度もされていないそうなので、この観音堂は落慶からそのままの姿であり続けている事になりますね。

ちなみに右側からも眺める事ができます。
こちら側は岩壁をよじって眺める形で、全体を見る事ができます。

屋根は辛うじて残っている部分もありますが、やはり崩壊寸前になっています。
しかし、岩窟にすっぽりと入り込んだ堂宇の姿には物凄く執念を感じますね!
まさに投入堂!という感じで、こちらからの姿が一番感動します。

柱もぐにゃりと歪んで、もう耐えられない!という悲鳴が聞こえてきそうです…
先ほどのギイイイイイイイ…柱の悲鳴か?

屋根を見ると所々丸く穴が開いています。
これは落石による被害か?まぁ岩壁に接するように建てられているので、落石による被害も十分に考えられますが、現役の懸造もこのような被害に遭っているのでしょうか?やはり懸造は建てるのも大変でしょうが、維持するのも苦労しそうですね…

ちなみに岩壁にもかつては祠のようなものが祀られていた形跡があります。
何が祀られていたのでしょうか?


そして肝心の堂宇奥の岩壁には…
こちらには観音堂と言われる通り、観音様が安置されています。
岩壁は四角く切る抜かれ、これは人工的に削ったものだと思われます。

中を覗くとそこには一体の観音像が立っています。
その周辺には木が立てかけられていますね。よく見ると何か書かれているようで、これはいつの時代のものでしょうか?そして何のために立てかけられたのか?
また、お供え物もされていなく、よく見ると酒瓶が転がっていて、これはさすがに江戸時代のものではないと分かりますが、やはり今となってはここまで参拝に来られる方はほとんどいないと思います。


ちなみに観音像ですが、ほとんど錆びる事は無く綺麗な状態で安置されていました。この観音像は最初からここにあったのか分かりませんが、よく見ると観音像の顔は非常に美しく、たとえ廃寺になって何百年経とうが、この場所に居続けよう…というなんとも不思議なオーラーがただよっているように感じました。

しかし、この赤岩とは一体どのような意味なんでしょうか?
山全体が赤岩山といわれているらしく、その由来も恐らくこの赤岩という名前からだと思われます。赤い岩と聞くとやはりこの辺りも丹が採れたという事か、そのような事を想像してしまいます。
秩父は関東最大の鉱山地帯でもあり、今でも武甲山では石灰が採掘され、周辺の山々からも様々な鉱物を採掘されています。また秩父は日本初の自然銅発掘の地やかつては丹も採れたそうで、神社も丹生神社がいくつも鎮座されています。
ひょっとしたらこの山も何かしらの鉱物を採掘されていたのかもしれませんね。
赤岩の上部に安置された石仏・大日如来とは?


さて、赤岩観音をしっかり調査したので、このまま引き返すのもいいですが、地図には大日如来という箇所があり、どうやらこの赤岩の真上にあるそうなので、行ってみる事にしました。
先ほどの右側の崖沿いには一本のトラロープが取り付けられています。どうやらこのトラロープを頼りに登って行くと到着するそうです。

振り返ると先ほどの赤岩観音が見えます。
崖沿いから眺める赤岩観音もなかなか見応えがありますね!

しかし、意外にも登りずらく、しっかりと握らないと滑ってしまう可能性があります。すぐ隣は崖になっていて、こちらの道も油断できません。
道幅も狭くこの辺りはかなり慎重に登りましょう。

ロープ場を越えると最後の登り。
ここを登れば赤岩のてっぺんに到着します。

そして遂に赤岩の上部に到着です。
赤岩上部にはこのような石で造られた大日如来像が安置されています。

大きな岩の上にぽつんと置かれ、いったいどのように運んだのか不思議に思います。
印を結んだ姿が特徴の大日如来は赤岩の最上部で来る日も来る日も太陽の光を浴び続けています。

大日如来は真言宗の本尊として密教の最高位の仏です。
太陽の象徴や宇宙そのものと言った、まさに別次元の存在で、真言宗においては大日如来と一体化することを目指すそうです。それは一筋縄では行かない、死ぬほど厳しい修行によって成せることではないかと想像できます。
赤岩のこんな危険な岩の上に大日如来が安置されている事は、ひょっとしたら赤岩観音も真言宗系の寺院の可能性がありますね。かつては巡礼の道として開かれていましたが、今では完全に道が塞がれ、探りながらでないとここまで来れない茨な道になりました。


大日如来からは景色も見えます。
女部田集落でしょうか?麓の民家がよく見え、更にと奥には秩父のシンボルである武甲山も眺める事ができます。少々木が邪魔ですが、昔の巡礼者もこの景色を眺めたに違いありません。
ちなみに大日如来は武甲山方面を眺めていました。

大日如来から先も道は続いているように思えます。ここから先へ向かうと恐らく札所31番の観音院に繋がっていそうです。巡礼が盛んな江戸時代にはきっとこの道を行き来していたのだろうと勝手に想像してしまいました。
そんな光景を一度でもいいから見てみたいですね。

別れ際に遠くから赤岩観音を撮りました。
今となっては朽ち果てた姿なものの、巨大な岩壁に張り付くように建てられた観音堂は圧巻な光景である事に違いはありません。
たった10年で廃寺となってしまった赤岩観音ですが、岩窟には今でもひっそりと堂宇を守り続けているように立派な観音像が安置されています。
まるで赤岩観音を建てた法印の思いが観音像に憑依したような…そんな表情に見えたのは気のせいだろうか…
赤岩観音までの大まかな道のり

赤い線が今回歩いた大まかなルートです。
集落から赤岩観音までそれほど距離はありませんが、迷いやすいので注意が必要。川を渡る時にハシゴ、赤岩観音寸前と大日如来へ向かう途中にロープ場があります。
赤岩観音のアクセス
関越自動車道花園ICから車で約50分。
女部田集落の住民の邪魔にならないよう空いたスペースに駐車。
最後に
いかがでしょうか。
赤岩観音は秩父札所三十四ヶ所に選ばれていない、しかも今では廃寺になった幻の観音信仰の堂宇で、修繕も一切されず約280年間そのままの状態で維持された姿を目の当たりにできる貴重な懸造でした。
廃寺なので現在はもちろん管理されておらず、いつ崩壊してもおかしくない状態なので、行かれる際はある程度の覚悟が必要です。
しかし廃寺ながらその姿には非常に迫力があり、役目を終えた無残な姿の中にも懸造という稀な堂宇である事に魅力を感じます。
一筋縄では行かない茨な道を進まなければたどり着けない赤岩観音ですが、懸造や廃墟等が好きな方にはおすすめなので、ぜひ行かれてみてはいかがでしょうか。