素晴らしき日本の景色たち

主に日本全国の山や景勝地、観光スポットを紹介します

山形の秘境スポット!霊境及びもう一つの山寺と呼ばれた垂水遺跡・峯の浦遺跡とは?

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裏の高野山と呼ばれ、かつては宗派を問わず多くの僧たちが活動していた立石寺は巨岩や奇岩などの純粋な磐座信仰から納骨、死者の歯骨を納める風習や磨崖供養碑による供養など、民間信仰にまで発展した寺院です。

江戸時代には松尾芭蕉が訪れ、有名な句を詠んだ事で一躍注目を得て、今では霊場と共に多くの観光客を招く寺院となっています。

山形県を代表とする観光名所の立石寺、通称”山寺”で親しまれているこのお寺ですが、実はもう一つの山寺が存在している事をご存知でしょうか?

その場所は立石寺から少し離れた千手院観音というお寺の裏山の中にあり、垂水遺跡、峯の浦遺跡と言う名で呼ばれ、かつてはこの場所に一大寺院が建てられていたのではないかと発掘調査で分かったそうです。

垂水遺跡は立石寺のすぐ近くにあり、寺が開門するまで時間があったので、開門前に訪れる事にしました。

今回はもう一つの山寺?である垂水遺跡と峯の浦遺跡の散策路や様子、感銘した場所などを紹介したいと思います。

千手院観音~垂水参道を経て垂水遺跡へ

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踏切の向こう側に車を停めたので、そこから千手院観音まで少し歩きます。

歩くと言っても2,3分の距離ですね。

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千手院観音の入口に到着しました。

お寺なのに何故か入口は鳥居になっています。

しかも扁額も観世音と、もろ仏教なのですが…

それとも仏教云々ではなく、ここから先が霊境という神の領域を示す為に鳥居を立てたのだろうか…

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面白い事に、鳥居をくぐると正面に千手院観音が見えるのですが、その手前には線路が敷かれていました。踏切も無いので、通る時は電車に注意しながら渡りましょう!

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線路を越えると千手院観音に到着

立石寺を開いた慈覚大師がこの地を訪れた時に建立した八院の一つで、元は千手院と呼ばれたそうです。

八院とは慈覚大師が開山当時に建てた院であり、現在、八院のほとんどは地名や集落の名として残るのみとなりましたが、千手院はご覧の通り現在もこのように残された寺院です。

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現在は最上三十三観音第二番札所として、観音信仰の拠点となる寺院になっています。

かつてはこの八院をまとめて立石寺と呼ばれたそうで、今回訪れる遺跡群もかつての山寺の一部なのかも知れませんね!

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さて、霊境という垂水遺跡への道は千手院観音の右奥にある墓地の先にあります。

何やら鬱蒼とした山に入りそうな予感ですね。

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見事に予感は的中しました!

垂水遺跡までは少し登り道になり、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれています。

特に急な道ではありませんのでご安心を。

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下を見ると趣のある石段が組まれていますね。

垂水古道とも呼ばれているそうで、かつてはこの道を僧や修験者たちが歩いていたんですね。

いかにも古道という感じがにじみ出る登山道です。

霊境と呼ばれる垂水遺跡の全貌

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先ほどの古道入口から10分程度で突如目の前に巨大な岩壁が出現します。

どうやらここが垂水遺跡ですね。

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垂水遺跡の見どころは何といってもこの巨大な岩壁です!

その岩壁には蜂の巣状に空いた穴や、まるで何者かにえぐり取られたような奇妙な形の岩など、遺跡全体が奇形を成しています。

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なるほど!まさにここがあの世というか異世界、霊界への入口ではないか!と、この奇妙な岩壁を見た瞬間そう感じ、目の前に立った瞬間この岩壁に飲み込まれてしまうのではないかと思うくらいの恐怖も感じます。

ここには何が祀られているのか、どのような儀式が行われていたのかと考える以前に瞬時に体が、私の五感が刺激され、許される範囲で岩に触ったり穴を覗いたりしてしまいました。

遺跡は横一列に並ぶ形で、左側から古峯神社、真ん中には鳥居と鳥居をくぐった断崖に稲荷神社、右側には垂水不動尊と円仁宿跡、大日堂跡が岩壁に沿って点在しています。

しかし、あまりにも岩壁が大きいので遺跡全体の写真を撮ることは出来なかったので、部分ごとに見て行きましょう。

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正面から左側にはこのように古峯神社と書かれた石碑が置かれています。

石碑は比較的新しいように見えましたが、どんな神様が祀られているのでしょうか?

恐らくこの岩を磐座として神霊を呼び、祭りが行われていたのではないかと思われます。

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そして正面には鳥居が立てられ、ここが一番霊界への入口というオーラーを放っています。

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正面に立ち鳥居の先は迫りくる岩壁!

一般的に鳥居は神域の入口の役割を果たしますが、この鳥居は目の前が洞窟の入口のような構えをしています。

つまり、ここから先は霊界への入口となりますね。

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全体を撮ろうとしてもなかなかうまく撮れず、この岩壁の壮大さが伝わると思います。

今まさにこの奇形を成す岩壁に飲み込まれるのではないかという圧迫感や恐怖感と、ここから先どのような世界が、異世界が待っているのだろうというワクワク感や期待感の二律背反の感情が芽生え、誰もいない奇形を目の前に暫く興奮状態が続いてしまいました…

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ちなみに鳥居をくぐり、ちょっと登った所の崖にお稲荷さんが祀られています。

遺跡の名前は垂水と言い、水に関わるのかな?と思い、お稲荷さんが祀られている事から農耕信仰としても機能している遺跡だと思います。

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お稲荷さんからは先程の鳥居が見えます。見事にえぐられた様子が分かります。

お稲荷さんの横はこのような崖になっているので、参拝される時は注意しましょう。

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正面から右奥には垂水不動尊があります。

見上げるとそこにはチムニー状の割れ目があり、手前は水が流れたような削れ方になっています。

先ほどの鳥居の岩壁もそうですが、こちらも見入ってしまうほど迫力のある岩壁になっていますね。

あの奥は洞窟になっているのでしょうか?少し気になります…

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手前には結界のような門が構えています。

蠟燭立てや剣が奉納され、いかにもここが神聖な場所である雰囲気が漂い、果たしてこの場にいてよいのか?と思うほど恐れ多いです。

割れ目には苔が生えているので、恐らく少量の水が流れているのでしょう。滝のように豪快に流れるのではなく、水が垂れるように滴る事から垂水遺跡と名付けられたのではないかと眺めながら思いました。

行場と言ったら勢いの良い豪快な滝とイメージされますが、音のない静寂な森の中、僅かな水が脈を打つように優しく流れるその姿に神聖さを感じます。

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手を震わせながら何とかシャッターを押しました。

するとそこには小さいですがお不動様がいらっしゃいました。

まるで行者たちを見守るように暗闇の中から覗いていました。

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説明書きによると、お不動様の横の岩壁に千手観音様が線刻されているそうですが確認はできませんでした。

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しかし、よく眺めてみると所々に祠や石仏が岩穴に埋め込まれていました。

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垂水遺跡には立石寺を開いた慈覚大師円仁の修行宿跡がある伝えられ、ここがそうではないかと言われています。

現在の山寺は見晴らしの良い所に様々な堂宇が建てられていますが、開山当初は恐らくこのような鬱蒼とした森の中に建てられていたのではないかと思います。

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宿跡の隣には大日堂跡があります。

天台宗は最澄によって密教が持たらされ、弟子の円仁らによって天台宗の密教が完成されたそうです。

その密教における本尊は大日如来とし、人や自然はこの大日如来が姿を変えたものと考えられ、それはつまり森羅万象全ては大日如来に繋がる存在であると考えられました。

そのために大日如来と一体化する修行者が日々この場で行に励んでいる姿が想像できますね。

また、山寺は天台宗に限らず様々な宗派の僧も修行に励んでいたそうで、宗派を超え多くの僧や行者がこの垂水遺跡にも立ち寄ったのではないかと思われます。

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先ほどの鳥居からほんの数分歩いただけの距離しかないのに、この垂水遺跡はやっとの思いでたどり着いたような荘厳で神秘的な光景が広がります。

ただの岩壁ではなく、長い年月をかけて削られ、恐ろしくも美しい姿に心を打たれたからこそ、神聖な場に選ばれたのだと思います。

また、仏以外にも稲荷様や神社などの神々も同時に祀られ、行者だけでなく集落の人々も恐らく信仰されていたのではないかと肌で感じます。

峯の浦遺跡への道、城岩七岩

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さて、垂水遺跡の圧倒的な岩壁ばかり眺めていると時間を忘れてしまうので、先に進みましょう。

ここから先はしばらく平坦な道が続き、突如巨岩が出現します。

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烏帽子岩を過ぎると視界が開けた場所に到着します。

どうやらこの辺りが城岩七岩だと思います。

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城岩七岩とは名前の通り七つの岩が立ち並び、まるで城壁のように並んでいる事から城岩七岩と名付けられたそうです。

先ほどの道路からもその岩が確認できます。

岩山はよく城として利用される事が多いですが、この山は特にそのような歴史はないそうです。

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各岩は登山道から枝分かれしています。

岩に立つことはできますが、どの岩も断崖になっているので注意が必要です。

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岩に立つとこんな感じ

すれすれまで近づくと恐怖心が湧いてきます!

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しかし、岩から眺める景色は最高で、麓の集落がはっきり見えます。

横一列に並んだ岩なので、結局どの岩からもほとんど光景は変わりませんが、何故か各岩から眺めたくなる光景です…

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中には封鎖されている岩もあるので、無理に侵入しないようにしましょう。

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その後は再び平坦というか下りが続いていきます。

鬱蒼としているものの、登山道はきちんと整備されているので比較的歩きやすい道でした。

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しばらくすると先ほどのような巨岩の目立つ道に差し掛かります。

どうやら峯の浦遺跡が近いようです。

城岩七岩から歩いて4、5分くらいなので距離は短いです。

寺跡、堂跡が目立つ峯の浦遺跡

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全体図を確認すると、この修験場から峯の浦遺跡に入るそうです。

修験場は空き地のような広いスペースになっていて、正面には屏風のような岩がどっしりと佇んでいます。

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近づいて何か彫られていないか、窪みに石仏や祠が埋め込まれていないか確認しましたが、特にありませんでした。

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しかし、ここだけ妙に広いスペースになっているのは偶然か?

それとも本当にこの場で多くの修験者や僧たちが集い、共に宗教活動を行っていたのではないか…と、色々想像できる広場ですね。

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広場の向かいにも毘沙門天岩や男岩、女岩更に奥には胎内くぐりなど、修験道を思わせる名の岩や参道が目立ちます。

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さて、ここから更に下ったところにも史跡が待ち構えているので下りましょう!

暫く進むとこれまたえぐられたような岩壁が見えてきます。

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その窪みには五輪塔が並べてありますが、持ち出されたり、崩れたりした為にこのような姿になってしまったそうです。五輪塔の中には鎌倉期に作られたものも見つかっています。

この五輪塔は密教によって始まった供養塔の一つで、五つの輪が積み重なってできた塔です。

山寺は納骨や歯骨など、死者供養が盛んな寺で、現在の位置にある立石寺も供養塔や磨崖供養碑など、まさに東北の霊場として栄えましたが、山寺発祥のこの場からも五輪塔が見つかっている事から当初の段階で既に霊場とされていたそうですね。

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五輪塔を過ぎると薬師堂跡や中堂跡など、本院に近づいてきた感が湧いてきます。

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そして遂に本院跡地に到着しました。

確かに見渡すと先ほどの修験場みたいに平地になっていたり広場のような感じになっていて、明らかに何かが建っていたのでは?と思う空間が目立ちます。

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平成二十二年から保存会が結成され、三年に亘って発掘調査が行われたそうです。

その時に縄文・弥生土器や仏具、更に建物礎石なども出土し、今までこの一帯は何らかの遺跡ではないか?実はここが本当の山寺なのではないか?と囁かれた事に対する答えに少しでも近づいたのでしょう。

発掘調査により様々な遺物や遺構の発見された事、先ほどまで歩いてきた垂水遺跡などから、現在の山寺とは別の一大宗教施設や霊場がこの辺りに存在していた事が分かると思います。

それが果たして現在の山寺の元の山寺なのか、また別の寺院だったのかははっきりと分かっていませんが、いずれにせよ山寺の歴史を紐解く貴重な遺跡である事に変わりありません。

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さて、後はもう道路へ繋がる道を歩いていくだけです。

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ふと下を見てみると、見にくいですが人為的に石が並べられていますね。

恐らくこれは本院へ続く参道の跡でしょうか?

苔にまみれ、ほとんど地面と同化されていますが、微かに残る歴史の跡という感じがします。

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かつてこの道を歩んだ行者や崇敬者はどのような思いでここを歩いたのだろうか?

麓の集落からこの参道を歩き本院にたどり着き、そこからまた修験場、更に垂水遺跡の岩壁で修業に励む行者たちの姿が想像できます。

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歴史の跡を感じさせる参道を下っていくと民家のような廃墟がありました。

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中は酷く荒れていましたが、以前は誰かが住んでいたのであろうという生活感が感じられました。

旧本道にぽつんと一件ですが、山寺と何か関係があるのでしょうか?

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廃墟のすぐ隣には平岩という岩があります。

説明書きによるとここに平らな岩盤が露出していたのでそのような地名になったとか。

周囲にはここから霊域を示す岩や石碑が立てられ、いわゆる旧本道の入口という事ですね。となると、隣の廃墟は霊域に入るための関所みたいなものでしょうか?

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下山口が見えてきました。

もう間もなく下界に到着しそうですね。

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するとそこには夥しい数のお地蔵さまがいらっしゃいました!

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風車に水子地蔵

山寺霊園という名前ですが、主に水子供養をされている寺院ですね。

青森の恐山もお地蔵さまや風車が無数に奉納され、寂しい光景を成していた事を思い出しました。

しかし、水子供養と言えば秩父の地蔵寺が有名ですね。水子供養の発祥の地とされ、水子地蔵の数は一万体以上あるそうです。

その地蔵寺はこちらの記事で↓

www.narisuba.com

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山寺霊園を出ると道路に直面します。

道路に出て左に向かうと千手院観音に到着し、右に歩けば立石寺に到着します。

立石寺と山寺霊園はすぐ近くなので、立石寺参拝後にも遺跡に向かえますが、垂水遺跡までは距離があります。

まぁ垂水遺跡だけ見学したいと思う方は千手院観音側から入ったほうが良いと思いますが…

垂水遺跡・峯の浦遺跡のアクセス、駐車場

アクセス

 

山形自動車道山形北ICから約15分

最寄りの駅はJR仙山線山寺駅

駐車場

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垂水遺跡の駐車場は地図の赤丸で囲った場所に無料駐車場があります。

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左が鳥居手前の駐車場、右が線路を越えたところにある大型駐車場の写真

鳥居前の駐車場は狭く、停めるのに若干躊躇してしまったので、私は奥の大駐車場に停めました。

大駐車場の方が少し遠いですが、長時間停めるのであれば大駐車場に停めた方が安心です。

合わせて訪れたい、立石寺

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山寺の名で親しまれる現在の立石寺は垂水遺跡、峯の浦遺跡と隣接しているので、合わせて参拝する事をおすすめします。

登山口から山頂まで1000段もの階段が続き、道中には立石寺が霊山である事を感じさせる景観や松尾芭蕉が感銘を受けた場所もあり、更に山頂付近の五大堂からは素晴らしい展望が待っています。

登り階段が苦手な人には少し大変かもしれませんが、清々しい自然と共に歴史を感じられ、まさに山寺という名に相応しい自然と一体化した立石寺へ参拝しましょう。

www.narisuba.com

時間に余裕のある方は遊仙峡へ

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芭蕉記念館のある県道62号を更に山奥へ進み、更に細い林道を進むと遊仙峡という沢登りを楽しめるスポットがあります。

特に立石寺のような宗教施設や霊場ではありませんが、ただの沢登りではなく、鎖場やハシゴ更に巨岩や奇岩の間を通るなどスリルを感じられる箇所も多く、アドベンチャー感覚で楽しめ、垂水遺跡のような圧倒する巨岩を仰ぐ事もできます。

1周1時間半と少し長めの沢登りですが、まるで仙人の遊び場のような壮絶な自然を満喫できるスポットだと思います。

 

最後に

いかがでしょうか?

山寺こと立石寺は山形県の定番の観光スポットであり霊場として多くの観光客が足を運ぶ宗教施設になっています。

しかし、現在の山寺からほんの少し離れたところにかつての山寺ではないかという遺構が発見され、今回訪れた遺跡群はかつての山寺かどうかはっきり分かっていませんが、確かにそこには一大の宗教施設や霊場としての面影の残る場所でした。

遺跡は開門や閉門を設けておらず、いつでも見学可能なので、立石寺参拝がてら足を運んでみてはいかがでしょうか。